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【エッセイ】カティサーク

僕がウイスキーの味を知ったのはちょうど今から10年前になる。

最初は映画などの影響でシックで大人っぽさに憧れ、あの琥珀色の飲み物を映画スターと同じように飲んでみたくなったのだ。

ウイスキーは当然だがアルコール度数が40度もあり、酒に慣れていなかった僕はひと口で面を食らった。

その時に飲んだのがカティサークだった。

なぜ、カティサークを選んだのかは覚えていないが、確か村上春樹の小説によく出てくるのがそれだったからだと思う。

聞いたことある銘柄から手をつけるのは不思議な事じゃない。

たったひと口でウイスキーというものにある意味での期待感や憧れの気持ちはスゥッと消えてなくなってしまった。

それから僕はワインやビール、日本酒など様々な醸造酒を飲むようになり、ウイスキーや焼酎などの度数の高い蒸留酒は選択肢から消えてしまった。

しかしその価値観が壊れたのは一瞬だった。

僕は仕事のトラブル対応に明け暮れて、およそ1ヶ月間に及ぶデータ収集と、対応策をまとめた資料作りに追われていた。

当時IT系の仕事に就いていた僕は、金融系のシステムを保守する作業をしていて、報酬は悪くなかったが休みがほとんど取れなかった。

そんな中でたまたま帰り道にあったリカーショップでカティサークを見つけた。

なぜかものすごく懐かしい気持ちになり、1本買って帰ることにした。

家に着くとすぐにボトルを開けてグラスに注ぎ、ひと口で飲み干した。

僕は衝撃を受けた。

あれほど苦手意識があったウイスキーをストレートで一気に飲み干している自分に、成長なのか、後退なのかよくわからない感情が混じり合っていくのを感じた。

きっとアルコール度数が高いせいだろう。

同時にカティサークがこんなにうまい酒ということも知ることになった。

初めて飲んだ時には感じられなかった甘みや、柑橘系のさわやかな風味と優しさすら感じる軽やかな口当たりに僕は感動した。

疲れていたせいもあるだろうが、僕はそのままソファに座り込み眠ってしまった。

これほど深い眠りについたのは1ヶ月ぶりだった。

その夜僕は少しだけ夢を見た。

夢の中で誰かに再会する夢だ。顔はわからないのだが、不思議な懐かしさと久しぶりに会った親友のような親近感と安心感を覚えた。

会わなかった時間を埋め合わせるように語り合い、握手し、抱擁した。

目が覚めると時刻はちょうど6時で、スッキリとした気持ちの良い目覚めだった。

机には昨夜開けたカティサークのボトルとグラスがそのまま置いてあった。

僕はカティサークのボトルに向かって「おはよう」と話しかけてみた。返事はない。

しかし昨夜見た夢の中で語り合った人物は10年前に飲んだカティサークなのではないか、という仮説を立ててみた。いや、それは仮説ではなく事実なのかもしれない。

忘れられていたウイスキーの記憶を昨日の夜思い出したのだ。

ふと、その時「再会」という言葉が頭に浮かんできた。

僕は知らず知らずのうちに色々なことを忘れてしまっている。

昨晩飲んだウイスキーをフックに様々なことを思い出し始めていた。

本当にやりたかったこと、会いたい人、行きたい場所など、忙しく日々を生きるあまり忘れ去ってしまった重要な目的のようなものをカティサークが思い出させてくれたのだ。

僕はその日、仕事を休んだ。体調不良ということにして遠出の旅に出ることにした。

職場の上司や関係先からの連絡は絶え間なく来ることがわかっていたので、社用の携帯は電源を切って自宅に置いたままにした。

とりあえず、広島に行ってみることにしよう。