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【エッセイ】宮島

梅雨が明けたばかりの広島の空は、灰色の雲に覆われて倉庫の掃き溜めのような虚しさが漂っていた。

僕は昼過ぎに宮島へ向かうフェリーの切符を買って、すぐに乗り込んで2階のデッキから海を眺めた。
フェリーは短いアナウンスをしたあと出航した。

船頭はドリルのようにとがり、大波をかき分けながら目的地へ向けて無表情に突き進んだ。

船体は大きく揺れながら、まるで慣れた路地を猛スピードで走り抜ける軽自動車のような軽快さで港へ到着した。

僕は他の乗客に続いて階段を降り、宮島の地面を踏んだ。

島は蒸し暑く小雨が降っていたが、周りに傘をさす人は見当たらなかったので僕も傘は差さなかった。

僕の周りには宮島で放し飼いにされている鹿が数頭集まってきた。
その時気づいたのだが僕は昼にラーメンを食べてスープを飲み干そうとしてこぼしていた。
きっとこの鹿たちはラーメンスープの匂いを嗅ぎつけて集まってきたのだろうと思った。
この鹿たちにとって僕は動き回るラーメン味の肉にでも見えているのかもしれない。

この島へ来た目的は大きく分けて2つあった。
1つは厳島神社を拝むこと。
もう1つは食べ歩きすること。

僕は会社で休暇を取って1週間ばかり旅をすることにしていたのだ。
東京から遠く離れた見知らぬ土地で空気を吸い、文化的な食事をして酒を飲むと決めてここへ来ている。

僕はさっそく近くの屋台で焼き牡蠣と冷えた瓶ビールを買って店の前のベンチに座った。
ベンチには小さなアルミのケースが置いてあり、そこへ醤油と割り箸と紙ナプキンが粗末に入っていた。

僕は焼き牡蠣に醤油をかけてひと口で食べた。
牡蠣はほのかな潮の香りとやわらかな歯ごたえで美味しかった。
後味は少し苦みがあったのでビールをふた口飲んで流した。

辺りを見渡すとちらほら観光客が土産屋や屋台などを吟味するように見ている。

ビールを飲み終えると瓶をビールケースに戻し、牡蠣の皿をビニールに捨てた。
そのまま近くにあった食堂へ入りアナゴ飯を食べた。

腹が膨れたので店を出て少し散策することにした。
屋台の通りを見ていると意外に外国人の観光客が多いことに気づいた。

僕は厳島神社で入場券を買って中に入った。
ちょうちんが並んだ通路は幻想的な外の光が入り込み美しかった。

広場に出ると厳島神社の鳥居が海に浮かんでいた。
引き潮の時間帯であれば鳥居をくぐることができるそうだが、今の時間は水上に浮かぶ鳥居を地上側から眺めることしかできなかった。

それでも僕は自分の目で厳島神社の鳥居を見れたことが嬉しかった。

ここまで来ると僕はすでに今日の目的を達成していることを思い出した。
僕は案外だらしない性格で時間や締め切りに縛られないと前に進むことができないと思っていたからだ。

僕は宮島を離れることにした。
行きと同じフェリーに乗って本島へ戻った。

そしてホテルへ戻ることにした。
明日は原爆ドームを見に行くことになっている。