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【エッセイ】自動販売機

8月初旬の東京は蒸し暑さに加えて、人々が発する熱気やアスファルトに照りかえる日光でむせ返るような息苦しさがあった。

通りすぎる人々は熱さに顔をしかめ、足早に涼を求めているようにも見えた。

僕は歯医者に行った帰りで、駅まで歩いていたのだが歩道の脇にある自動販売機を見るまでは自分がものすごく喉が渇いていることに気が付かなかった。

僕は自動販売機の前に立ち停まり、どれにするか悩んでいたがこれといって飲みたいものが思いつかなかった。

コーラ、スコール、リアルゴールド、アクエリアス、ドクターペッパー、スプライト。

どれも真夏の熱気に圧されて乾いた喉に流し込めばどんなに美味いだろう、と思った。

しかしバリエーションは完璧になるほど、逆に僕が本当に飲みたいものがどれなのかわからなくなってしまった。

多くのことを一度に片付けようとして、うまく行かないように僕は自動販売機で飲み物を決めることが出来なくなかった。

今まで信じて一度も疑わなかった自分の判断力は、状況に応じてその力を発揮できないことがあるのだ。

歯医者の麻酔で少し頭がぼーっとしているせいもあるだろう。または夏の暑さに頭がやられてしまったのかもしれない。

複数の選択肢からひとつだけを選択することは、人間にとって実はかなり難しいことなんだろうとその時思った。

以前マーケティングの研修で、スーパーのジャム売り場で実験した内容を思い出した。
人は選択肢が多くなるほど興味を示すが、購買から遠ざかるという選択の原理だ。

24個のジャムを展示した時よりも、6個のジャムを展示した時の方が買う人が多かったという内容だった気がする。

15分ほど自動販売機の前に立ち尽くし、迷い悩んだ挙句、結局僕はコーラを1本買うことにした。

自動販売機の柄がコーラだったからだ。僕は多くの候補の中から1つを立派に選択したのではなく、誘導されたのだ。

でも僕は後悔しなかった。

選ばされたという感覚はそこには一遍もなかったからかもしれない。
口の上手いセールスマンから「コーラがおススメですよ~」とでも言われていたら、もしかしたら僕は何も買わなかったかもしれない。

でも僕の目の前にあるのはコカ・コーラの自動販売機で、たまたまコカ・コーラのデザインを施されているだけなのだ。

じゃあもし真っ白いデザインだったらコーラを買っただろうか?
と思ったが、すぐに考えるのを辞めた。

色々な事情があるにせよ、僕はコーラを買うという選択をして、実際に買ったのだ。

よく冷えたコーラは口に入れるとシュワっと耳障りの良い音を立てて喉の奥に吸い込まれていった。

その余韻は腹に落ち切るまで続き、喉の渇きを忘れることができた。

勢いよくコーラを腹に流し込み、気が付くと半分ほど飲み干していた。
そのあとすぐに大きくて下品なゲップが出た。げふぅーっと。

僕はむせ返るような熱さもすっかり忘れていた。

そして、めちゃくちゃコーラは美味しかった。