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【エッセイ】モーニングセット

8月で夏の真っ只中、僕は秋葉原駅の近くにあるルノアールに入って朝食を取っていた。

地下にある店内は静かで、小さなクラシック音楽とウェイトレスの機械的な接客声と食器が触れ合う音だけが響いている。

駅前には多くの喫茶店やらカフェチェーンやらが賑わっていたが、少し高い金を払ってこの静寂を買うと思えば悪くない。

スターバックスあたりに入っていたら周りはやかましく、席は狭くとても寛げたものじゃなかったと思った。

店内は空いていて、僕は1人掛けのソファ席に案内された。
すぐに冷えた水とおしぼりがテーブルに置かれて機械的な声で「ご注文はお決まりの頃にお伺いします」と言った。

僕がまだ注文を決めきれていないことを見透かしているようだった。

周りには僕と同じように1人で何かをしている人が多く、2人連れの男女もいたがあまり言葉を交わさずにそれぞれの時間をただ同じ場所で過ごしているという風だった。

僕はメニューを見てモーニングセットとホットコーヒーに決め、ウェイトレスの方を見たら目が合ってすぐに注文を取りに来た。

僕は素早く「モーニングセットとホットコーヒー」と言いながらウェイトレスと一緒に確認作業をするようにメニューを指差して2人で見た。

ウェイトレスは「かしこまりました」と短く言い、軽くお辞儀をして去っていった。

僕はモーニングセットとコーヒーが来るまで読みかけだった本を開いて待つことにした。
4ページほど読んだ頃、モーニングセットがテーブルに置かれた。

その後少ししてからホットコーヒーが置かれた。
僕はコーヒーをひと口飲みモーニングセットを食べた。

モーニングセットは大きめの分厚いトースト、ゆでたまご、オニオンスープという組み合わせで、モーニングセットの中では1番安いものだったが、そう言われなければ普通のモーニングセットに見えるはずだ。

僕はトーストをちぎってみた。
パンは分厚さの割に柔らかく、簡単にちぎることができた。まるでわたがしのようだった。

表面は茶色く焼き目がつき、薄くバターが塗ってあった。
口に入れるとほのかなバターの香りとパンの甘味が心地よく広がった。

スープも試しに飲んでみると食欲をかき立てる味の濃い美味いスープだった。
パンを夢中で食べ、スープを交互に飲みながら皿の上を平らげた。

そして残していたゆでたまごの殻を剥き、塩を振りかけて2口で食べた。

口の中に入れられた食べ物が慌ただしく喉を通り過ぎたあと、ようやく訪れた静寂に敬意を払いながらコーヒーを飲んだ。

モーニングセットを食べ終えたことを見届けたウェイトレスが暖かいお茶を出してくれた。
そういえば、ルノアール店内にいて喉が渇くことはなかった。

次から次へと飲み物が送られて来たからだ。
冷たい水、ホットコーヒー、オニオンスープ、熱いお茶。
そのうち冷たい水と熱いお茶はサービスだった。

僕は感心して代金を支払って店を出た。

ウェイトレスは会計が終わると機械的な声で「またお越しくださいませ」と言った。

外は夏の暑く鋭い日差しに変わり、周囲は騒音に包み込まれていた。

僕は静寂を買ったことに対して良い選択だったと思った。